新潟市東区の住宅街にある、北向きの土地を購入して家を建てたMさんご夫婦。交通量の少ない2車線の道路に面しており、向かいには公園の緑地が広がっている。
「以前暮らしていたアパートは、道が狭く不便な土地だったんです。新築をするなら、広い道路に面した土地に建てたいと思っていました」とご主人。
「8カ月くらい掛けて土地探しをしていましたが、不動産屋さんのホームページでこの土地を見つけたんです。目の前に家がないのもいいなと思いここに決めました」と奥様は話す。
車2台を格納できるピロティを備えた形状で、大きな窓がある2階はルーバーによって目隠しされている。
一見不安定な形状にも見えるが、しっかりと許容応力度計算されており、耐震等級は最高等級の3をクリア。もちろん、車と玄関の間は雨に濡れることなく行き来できる。中央には耐力壁を兼ねた外部収納が設けられており、デザイン・構造・機能が一体にまとめられているのも特徴だ。
M邸
新潟市東区
延床面積99.35㎡(30.00坪)、1階36.34㎡(10.98坪)、2階63.01㎡(19.02坪)
インナーガレージ30.67㎡(9.26坪)、テラス5.46㎡(1.65坪)、施工面積135.48㎡(40.91坪)
竣工年月 2019年12月
設計 加藤淳一級建築士事務所
施工 株式会社Ag-工務店
文・写真:Daily Lives Niigata
依頼の決め手は性能・デザイン・コストコントロール
Mさん夫婦が加藤淳一級建築士事務所とAg-工務店に依頼をしたのは、知人からの紹介がきっかけだ。性能やデザインが良くても、それに比例して建築費も膨大になるビルダーが少なくないが、コストコントロールの上手さも含めた総合力の高さが決め手になったという。
「私たちは海外旅行に行っていろいろな文化に触れることが好きなんですが、加藤さんが青年海外協力隊でモンゴルに滞在していたという経歴にも興味を持ちました」と奥様。
「以前住んでいたアパートは、冬にキッチンに居ると息が白くなったり、オリーブオイルが固くなったりするくらい寒かったので、新築する家では暖かく暮らしたいと思いました。また、防犯上も安心な2階を中心とした暮らしを望みました」と続けた。
一方ご主人は、トレーニングルームとインナーガレージを希望。「それから、私は普段船上で料理人として働いているんですが、キッチンの油のにおいがリビングやダイニングにつくのが嫌で、厨房のように仕切られたキッチンにしたいと思っていました」(ご主人)。
そんな2人の要望と敷地条件を読み解きながら加藤さんは設計に当たった。
1階には本格的なトレーニングルームを設置
玄関ドアを開けると、斜め45度にカットされた土間が現れた。
左には壁一面の下駄箱があり、正面奥にはご主人のトレーニングルームが見える。
約8畳の長方形のトレーニングルームは、天井高を確保するために床を下げる工夫がなされており、ダンベルやベンチプレス用のベンチなどのトレーニング器具が並ぶ。
その奥にある収納スペースには、ご主人のギターやアンプなどの楽器や音響機器が格納されている。
「筋力トレーニングをした後にギターを演奏したり。家に居るときはここで過ごす時間が長いですね」とご主人。断熱材には遮音性能の高いセルロースファイバーが使用されており、楽器を演奏しても外にはほとんど音が漏れることがないという。
スーツケースなど、旅の道具が納められた納戸
トレーニングルームの隣には4畳程の納戸があり、収納ケースが整然と連なっている。
可動棚の下部には使い込まれたスーツケース、その上には防湿庫に保管された奥様のカメラや、海外旅行ガイドブック「地球の歩き方」が詰まったケースが並ぶ。
「年に1~2回、2人で休みを取って海外旅行に出掛けるんです」(奥様)。結婚してから約9年が経つが、これまでにアメリカや南米、中東やアフリカなど2人で14カ国41都市を旅してきたという。
チークの床で仕上げられた、くつろぎのリビングダイニング
階段を上がると右手に見えるのがリビングダイニング。
廊下の床はオークだが、リビングダイニングは濃い色味が特徴のチークが使われており、室内に入ると雰囲気は一変する。
沼垂テラスにある無垢フローリング専門店「and wood」でサンプルを見ながら選んだというインドネシア産チークで仕上げられた空間は、東南アジアのリゾートホテルのような趣きを感じさせる。
約12畳の空間の奥には3畳程のテラスがあり、その向こうに見えるのは公園の緑。
北向きの部屋だが、南面の小さな高窓から入った光が、勾配天井や壁に反射しながら部屋全体を明るく照らしている。
壁の仕上げに使われているのはフェザーフィールというドイツ製の漆喰。アール加工された天井と相まって柔らかい表情を見せてくれる。
アール部分に向けて間接照明が仕込まれているので、夜は一層くつろいだ雰囲気ができ上がる。
リビングのくぼみに置かれているのはゆったりと座れるハイバックソファ。これは、沼垂テラスに店を構える家具工房「ISANA」でオーダーメードしたものだという。
「ここに座って海外ドラマを見るのが好きですね。気持ちよくて、そのままここで寝てしまうこともあります」と奥様は笑う。
壁の一部にはマグネットボードが仕込まれており、二人が旅先で集めたたくさんのマグネットが壁を彩っていた。
「旅行の面白さは、全く知らない文化に触れられること。ヨルダンが好きで、毎回会いに行く遊牧民の人たちがいるんですが、そこでは砂漠の中でマットレスを敷いて星を眺めながら眠ります。彼らは岩や星の位置を見て方角を知ることができたり、生きる力を教えてくれます」と奥様。
「時にはお腹を下したり、物を盗まれたりすることもありますが、それも含めて楽しめるのが旅。次に行ってみたいのはブラジルのレンソイスという場所です。そこも砂漠なんですが(笑)」とご主人。
階間エアコンで寒さと無縁の暮らし
一方のダイニング側にはラワンの引き戸が付いた収納棚が設えられており、その上の天板もチークのフローリング仕上げ。
間接照明が仕込まれた天井部分には、チークの端材を集めて作った幅の細いフローリングで仕上げられている。
大きなFIX窓は、高い断熱性能を誇る樹脂サッシにトリプルガラスを組み合わせたYKKAP社のAPW430を採用。大きなガラス窓からは外の景色がきれいに眺められる上に、従来の窓のように冷気が伝わってくることがない。
また、M邸の暖房システムは1階と2階の隙間にエアコンの暖気を流し込む「階間エアコン」という仕組みが採用されている。
2階の床のところどころにガラリが付いているが、そこから暖められた暖気が入ってくる仕組みだ。
また、換気扇には換気時の熱損失を抑えられる第一種換気扇を採用している。
「冬の間エアコンは21℃に設定していますが、朝起きるのが苦痛じゃなくなりましたし、掃除をする時間までも楽しくなりましたね。以前と比べて料理をする時間も増えたように思います」と奥様はその快適さを嬉しそうに話してくれた。
電気代はアパート時代よりも多少上がったそうだが、ガスや水道を含めた水道光熱費は安くなっているという。
料理に集中できる厨房のようなキッチン
ダイニングの隣には独立型のキッチンがあるが、エイダイのステンレスキッチンやステンレス仕上げの壁はまるで飲食店の厨房のようだ。この独立した空間は、料理人であるご主人のこだわりが具現化されたもの。
夫婦二人暮らしなのであえて食洗器は付けず、その分収納を広く確保した。階段下の電子レンジを置く台や、キッチン上のティファールを置く棚などは奥様が使い勝手を考えて希望。奥様が描いたスケッチを元に加藤さんが設計し、作業がしやすいキッチンができ上がった。
「この家に住んで友人を招くことが増えました。オーブン料理をしたりケーキを焼いたりするのも楽しみになりましたね」と奥様。
回遊動線に沿って配された寝室と水回り
キッチンからパントリーを通って廊下へと回遊できる動線があり、そこから寝室へとつながる。
高窓からの光だけが差し込む寝室は、落ち着いた時間が過ごせそうだ。
そのそばにある洗面脱衣室は4畳程の空間で、物干しや収納がその場で完結する。
モールテックスで仕上げられたシックな洗面台もまた、M邸の雰囲気に調和している。
出掛けてもすぐに帰りたくなる家
「最初のプランを出すまでは悩みましたが、でき上がったプランを元にMさんご夫婦と打ち合わせを繰り返してアレンジをしながらコストバランスも取れた家をつくり上げることができました」と設計をした加藤淳さん。
施工を請け負った株式会社Ag-工務店の渡部栄次さんは「チークのフローリングを使った造作家具や天井仕上げなど難しい施工も多かったですが、年末に完成したのを見て大きな達成感を感じましたね。今年も頑張ったな…って(笑)」と完成時のことを振り返る。
「アパートに住んでいた時は、休みの日はよく外へ出掛けていたんですが、今は出掛けてもすぐに家に帰りたくなるんです。休みの前日に、妻に『明日はずっと家にいるんだ』と宣言することもあります(笑)。また、以前は床座の生活で、食事をした後もそのままそこでダラダラして過ごすことが多かったですが、今は食事をする時間、ソファでくつろぐ時間、筋トレをする時間…と、生活にメリハリを付けられるようになったのもいい変化です」とご主人。
「アパートに住んでいた時は、休みの日はよく外へ出掛けていたんですが、今は出掛けてもすぐに家に帰りたくなるんです。休みの前日に、妻に『明日はずっと家にいるんだ』と宣言することもあります(笑)。また、以前は床座の生活で、食事をした後もそのままそこでダラダラして過ごすことが多かったですが、今は食事をする時間、ソファでくつろぐ時間、筋トレをする時間…と、生活にメリハリを付けられるようになったのもいい変化です」とご主人。
「窓から飛行機がよく見えるんですが、『あの飛行機はどこに飛んでいくんだろう?』と想像しながら眺める時間も好きです」と奥様は話す。
料理を楽しみ、食事を味わい、くつろぎ、体を鍛える。過去の旅の思い出を語り合い、そしてまた次の旅の計画を立てる…。Mさん夫婦は、そんな屈託のない時間を過ごしている。
不便さを強いられていたアパート生活から一変し、ふわりと地面から浮いているような2階リビングでの暮らしが始まった。
新しい住まいは、Mさん夫婦にとって心から安らぎ、自身を再生させるような特別な場所になっている。